スニーカー、靴紐

29歳で初めて母になり

自分以外を優先するという慣れない生活の変化に苦しみ

思いがけず立て続けとなった3人の出産を経て

全員赤ちゃんという子育て環境に苦しみ

忘れかけてたけど完全に消せなかった自分という存在を

やっと思い出し新しい発見をする途上に戻って来た感じ。

まだまだ「何かの途中」感がある今だけど

「どうして私の人生ってこうなのか」と途方に暮れたこともあったけど

そのぜーんぶが必要な行程だったんだと思う。

末っ子長男が小学三年だった1年前、

突然蝶々結びできるようになった。

一週間ずっと唱えていた山手線の駅名。

年子ですぐ上の次女に問題出してもらって

毎日なんどもしつこく。

そして全て順番通り言えるようになった。

彼はなんでもしつこい(苦笑)。

よく言えば粘り強い。

クリスマスや2月の誕生日のプレゼントの話も

1年先でもずっと唱える(笑)。

「〜行きたい」

『〜乗りたい」

「〜したい」

「〜ほしい」

永遠に繰り返し唱える。

毎日聞かされる私としては

耳が痛いというか

「あ〜しつこいっ!」ってなるんだけど

最近思う。

彼はいつか叶えるって。

大人になるにつれて

大人ぶって社会のなんちゃらをあたかも真実のように語っちゃうけど

目の前に見えてる現実だけが真実だと思っちゃうけど

彼のようにそんなもの関係なく

素直に自分の「WANTS」をただただ唱えられることのほうが

正解だと今は思っている。

まずは自分が自分の気持ちに気づくこと。

まずは自分がその気持ちを受け入れること。

「どうやって」はわからなくても

まずはその気持ちの実現を心に置くこと。

それをやらずに叶う願いがあるんだろうか。

蝶々結びが急に理解できて

結び目見なくてもできたよ!

「ママ見てて!」って瞳を輝かせて。

いつだかおにぎりを自分で初めて握って

「できたよ!」って報告しに来てくれた時とおんなじ顔。

これって命が輝く瞬間だと思うんです。

こんなこと、大人になるとなんでもないことになっちゃう。

でも違う。

こういう小さい輝きの積み重ねって

どんな年齢の命にとっても、輝きなんだよって。

「子供から教えてもらうこと」

年齢なんて関係なく

小さい輝きを一つでも多く細やかに灯す日々を。

気持ちよくないことを一つでも減らし

気持ちいいことを一つでも増やす。

それが自分の気持ちに向き合うことであって

その気持ちを叶える数を増やすこと。

きっとそれが「自分を大事にする」ってことで、

この命を燃やすってこと。

その結果、きっと自分の愛する人々を大事にできる自分になる。

子供の素直な笑顔に

自分もなれますように。

世界中の人がなれますように。

まずはノートに自分の気持ちを書き出すことを

丁寧にしていくことから始めている。

まだ見ぬ自分へ。

いつも読んでくれてありがとです!

またね!

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